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人として生まれたのだから

人はこの世に生を受けることに何かしらの意味を持っています。運命や宿命と呼ばれるものです。あなたが悩んでいることもあなたが歩んできた道もきっとその意味に通じています。少しでも皆さんの心が軽くなれば幸福です。

さて長く話してまいりましたが、連なる魂の業を理解したA子さんがどうなっているか確認してみました。

現在、A子さんは同僚に協力をお願いし一人では解決できないことに皆で立ち向かう体制を築きつつあります。

園長はA子さんたちの頑張りにより園の経営が認められ、県の設置する委員会の委員長に抜擢されました。

園長はとても喜び、先輩保母の言うことは甘い言葉以外聞かなくなりました。A子さんのほうが自分を出世させてくれるとわかったからでしょう。

さらにA子さんは先輩保母との間にも何かあるのかもしれないからと先輩保母に対しても彼女が良くなるようにと接しているそうです。いろいろと彼女の事を考えてあげているうちに先輩保母のいじめも少しずつ緩和してきたようです。

現在も連なる魂たちを光へと戻す努力をつづけています。
以前に比べれば心が軽くなり他人に優しくなったと彼女は言いました。

現在彼女は今回のことに限らず1つでも自分に連なる魂を光へ戻し、自らの魂を向上させるためにも頑張っておられるそうです。

まずこのケースを解決するためには二つの魂を光に戻すことを目指すことが必要となります。

この二つの魂とは役人(園長に連なる魂)と百姓A(A子さんに連なる魂)を指します。

園長とA子さんの関係は逆らうことが出来ない上下関係の中にありますので現在と一致しています。

園長に近づけば周りの反応が悪くなります。しかし園長は使い勝手が良いからA子さんを傍に置きます。

この関係も一致します。問題の始まりである先輩の提訴、これは不作等の問題と一致します。

現在彼女は園長側と周りの人々に思われてしまっています。これも一致しています。

このまま行くと魂を光に戻すどころかA子さんも業を残してしまいます。

 

では今の状況をどのように解消すれば魂は光へと戻ることが出来るのでしょうか?

まず役人の魂ですが、出世欲が強いが自分では何もしたくないという気質のようです。

この場合は出世がしたかったのに出来なかったという業が働いているようです。

では園長には出世してもらうことにします。これはA子さんが頑張れば業に従い園長は出世します。

次は百姓Aの魂です。上司に裏切られ出世の材料にされたこと、周りの人々をないがしろにして村八分にされ、その後永い間さびしい思いをしたことが業に残っていると考えられます。

この場合はまず園長の出世や楽をしたいという業にとって必要がない人間にならないこと。

さらに園長の言いなりにならず周りの同僚や保護者側に立って発言行動をすることが必要です。

それで同僚や保護者から慕われ、信頼されることでその魂は救われるでしょう。

そのように行動が取れればこの問題は解決することが出来ます。

 

するとこの魂たちは強い想い(業)から外れて光へと戻ることが出来るのです。

魂を向上させ1つでも多くの魂を光へと戻すことを目指しましょう。

次回につづく

 

彼女に連なる魂の中にこの園長に連なる魂の1つが関係していました。

園長の連なる魂には代官の部下で年貢米取立ての役人がありました。Aさんの連なる魂には年貢を取り立てられる百姓Aでした。役人は百姓Aをたいそう気に入り自分と村人達をつなぐ役目を任せました。

百姓Aは一生懸命その役目を果たし、役人と百姓達の関係は良好とはいえないまでもうまく付き合っていました。そんな時長雨が続き不作となり、本国の大規模な戦が重なりと年貢の取立てがとてもきつくなりました。

そこで村人達は百姓Aを介してこれ以上の取立てをやめるようにと役人に懇願しました。

しかし百姓Aは役人に「俺に任せておけば大丈夫だからお前は黙っておけ」と言われその言葉を信じて何もしませんでした。すると我慢の限界にきた村人達は庄屋を筆頭に鍬や鋤を持ち立ち上がりました。

もちろん百姓Aは役人の言うことを聞いてその時も家の中でじっとしておりました。

一夜明けて村に出てみると村の広場で庄屋が責任を取らされ打ち首にされ、さらし首となっていました。

その時から百姓Aは村人より蔑まれ嫌われて村八分にされました。

百姓Aは役人に会いに行きましたが一揆制圧の手柄により少しだけ出世した彼は百姓Aを門前払いにしました。

その後百姓Aは嫁にも逃げられ、一人死ぬまでとても寂しく生きたそうです。

 

さてこの魂が彼女の現在にどう影響しているのか?

今後彼女はどのようにすればこの魂を光に戻すことが出来るのか検証してみましょう。

次回に続く

A子さんは自分の仕事に生きがいをもって一生懸命仕事をしてきました。

この保育園は保護者にだけよい顔をする経営に疎い園長と大変傲慢で性格が悪く保護者からも評判の悪い先輩保母のいる保育園でした。

そのような環境にもめげずに同僚と共に子供達のために一生懸命保育園を良くしようと頑張ってきました。

しかも話の通じない園長と先輩保母の執拗な嫌がらせにより、何度その職を辞めてしまおうかと考える毎日でした。

そんな時先輩保母に対し保護者からクレームが入り、話し合いがもたれましたが自分は悪くないとの一点張りでついには訴訟を起こされてしまいました。

保護者に対して示しがつかなくなった園長は先輩保母を解雇しようと試みたのですがここでも私は悪くないと主張し園内に残ることを希望され園長も呑まないわけにはいかなかったそうです。

そのかわり保護者を納得させるため先輩保母がついていた役職を解き、保護者の信頼の厚かったA子さんに白羽の矢を立てました。

それからというもの執拗に先輩保母からいじめられ、更には園長も仕事のほとんどを彼女にまかせるようになりました。しかも仕事に興味のない園長は今までどおり先輩保母の言うことばかりを聞いて、彼女の提案はほとんどが却下されました。

おかげで同僚達からも信頼をなくし、同僚から園長の言いなり保母のレッテルまで張られてしましました。

彼女はこの先どうしたらよいのか思い悩み、苦しんでいました。

 

さて次に彼女と業の関係について説明いたしましょう。なぜ彼女はこの状況になったのでしょうか?

次回に続く

カルマ=業(ごう)について。

 

業(カルマ)とはいったい何なのでしょう?
業(カルマ)とは人間が背負った「悲しみ」「苦しみ」「欲」等のことです。
業(カルマ)というのは我々人類の先人達のいろいろな思いの結晶だと思います。

私たち人間は質の高い、低いはありましょうが「苦しみ」「悲しみ」「悩み」を続けているのです。

なぜでしょうか?

 人間はこの地球路で自分に与えられた業を解消するという学習を以って、
個々に背負わせられた目的や使命の達成を成し得ていると思うのですが
いかがでしょうか?

しかしだれも望んで火の中の栗を拾おうなどと考える人はいないでしょう。

でもあなたの大切な人がとても大変な事態に陥ったとき、
必ずあなたは選択をしなければならないはずです。
もちろん諦めて後悔する方も大勢いらっしゃるでしょう。
手を貸してあげて後悔されている方も大勢いらっしゃることでしょう。

しかしそれこそが「人が生きる」ということなのです。
たくさんの困難に出会いどのように対処したのか?この選択は間違っていなかったのか?自ら悩み、苦しみそして行動を起こし、良かれ悪しかれそれを何度も繰り返していくのです。
そのうちでいくつ満足したのか?いくつ後悔したのか?と業を解消したり、増やしたりしているのでしょう。

そのことに気がついて生きている人は極端に少ないと思います。

よく耳にする「これは私の前世からの因縁なのでしょうか?」と言われる方がおります。
いろいろな要因がありますので、「そうです」なんて簡単には言えません。
その問題を業のせいにしてしまっているので「業とは単に嫌なもの」まるでお化けや妖怪の類のいたずらや怨念等と同じように感じてしまう人がいるかもしれません。
業というのは嫌なものばかりではありません。たとえば赤い糸などがそれにあたります。
もう一度あの人に会いたいというだけのもの。
業とはあなたへの試練であり、先人の魂達があなたならば解消してくれるのではないか?と期待をもってお願いしていることなのです。
未練を残してこの世を彷徨ってしまっている方々とはまったく違います。
怖いことも、精神的に病むことも、体に不調が起きることもありません。
もしもあるとすれば、業が解消されるとあなたが抱えている問題をも解消してもらえることがあります。

ご褒美ですね。

ですから私たちは先人の想いに答えるためだけではなく、
自分のためにも業の解消を目指さなければなりません。
しかし強制力はありませんから、必ずしもあなたがその業を解消させなければならないという事ではありません。
これは善意の好意です。それだけにあなたに宿る業が1つでも晴れるということは、きっと胸のつかえが取れたようなとても晴れ晴れとしたとても良い気持ちにさせてくれることでしょう。
あなたが人生で出会った沢山の人々、親兄弟、これから出会っていくであろう見知らぬ人たちまでお互いに業を解消しあっていくのです。出会いがない。友がいない。親がいない。と嘆いていても何も変わることはできません。嫌な人でも、好きな人でも、嫌われても、好かれてもいろいろな人に出会うことが貴方にとって必要であると認識してみてください。きっと人に会うことが好きになりますよ。

もしあなたがどうしても嫌な人ならば思い切って断ってしまっても良いのです。
それで業が晴れることもあります。
無理に我慢することが必ずしも良いことではありません。
もし今、あなたの傍に助けてくれる誰かの存在がなかったとしても大丈夫です。
指導光という見えない生のカリキュラムの導き手があなたを手伝います。
そして親や友の代わりにあなたの業の解消を手伝ってくださっています。
感謝ですね。一生懸命に「生き切る」ということがとにかく大事なのです。
私たちの精神の向上。魂の向上はこの「生き切る」ということでなるべく多くの業を消し去ります。

この世には業をもたない人はおりません。業を解消することそれこそが人が生きている意味なのです。

 しかし自分のことしか考えず、人の強欲さが増した現在。解消されていない業の量(先人達の魂)が増えすぎてしまい、地球のキャパシティを超えようとしています。もしも超えてしまった場合は思いを残さぬままその人に宿ったたくさんの魂ごと突然消滅させられてしまうと聞かされています。

昨今起き続けている未曾有の大災害あなたはどのように感じますか?
これがそうだというならば私はとてもいたたまれない気持ちになります。
どうか皆さん1つでも多くの業を落とし、魂の救済にご協力をお願いいたします。
地球が宿しているともいえる業、魂を私たち自らの手で出来るだけ減らしたときに我々が体験したこともない新しい世界が開けるのではないでしょうか。
それが成らなかった時に何がおきるのかは考えたくもありません。
あなたに宿る全ての業が、全ての魂が救済されたとき大いなる光があなたを平穏な世界へと導くでしょう。

 この先、業のページでは具体的にいろいろな皆さんに託された業の話をご紹介しましょう。

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